98 経済史やオランダの歴史

2014年7月27日 (日)

オランダ

ヨハン・ド・ウィット 1671年
穀物税を上げようと言う提案に対して、
それを阻止しようとした。
増税すれば、
バルト海との穀物貿易はこの国から消滅してしまうだろうし、
この「母なる貿易」はオランダの貿易と海運業の
源泉と基盤の大半を形成しているので、
損失は単に穀物貿易にとどまらないだろう。

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2014年6月28日 (土)

オランダ人から見たイギリス人

ファン・メレテン・商人
イギリス人について
「かしこく、端正である。しかし、弱々しく、やさしい。礼儀正しく、
怠惰で、人あしらいがうまく、偽善者である。大胆で、
激情に走りやすく、熱心家で、戦いにおいては冷酷無情、
やたら攻撃にはやり、ほとんど死をおそれず、
復讐心はそれほど強くないが気まぐれであり、
不遜で、無頓着で、忘れっぽく、
外国人に対して猜疑心が強く、外国人を軽蔑する。」

 (オランダ共和国)

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2014年6月 4日 (水)

イギリス人から見たオランダ

イギリス商人ジョザイア・チャイルド
オランダの成功の秘訣は?
オランダ人は正直に、几帳面に取引をした。
学校では会計と簿記が教えられた。発明が奨励され
銀行が助成され、争いを解決し、負債を精算するにあたっての
合理的な法的手続きが進められた。とりわけ、オランダ人は、
実務家が国政審議機関において、
彼らにふさわしい顕著な役割を演ずるよう気を配ってきた。
これらの配慮の結果するところ、
ここに、ただ一事に要約しうる経済の隆盛がもたらされたのである。
すなわち、利率3%という、
じつにイングランドのそれの半分であったのだ。

(オランダ共和国)

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2014年5月22日 (木)

ネーデルラント

この地域がもともと歴史的一体性を欠いていたため、
当地域を表す適当な名称は長い間存在しなかった。
古くは漠然と「海沿いの低地諸国」と呼ばれていた。
カール5世は「我らの低地諸国、nos Pays d'en has」
これが、pays-basに転じ、
オランダ語に移されてnederLaandenになった。

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2014年5月20日 (火)

オランダ

木靴の登場は18世紀のことで、17世紀には存在しない




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2014年5月 9日 (金)

オランダの政治

フィリペ2世は、この新たに手中にした所領で従来行われていた
統治の方式を中世的と見て、これを近代化し、
集権化し、官僚制化しようと試みたのである。
なにしろ、フランスやイギリス、スペインでは、
かなりはっきりした形態において「国家」が現れ始めていたのに、
ネーデルラントは、中世のまま、
政治的にも行政的にも細分化された状態を見せていたのである。

 

 (オランダ共和国)
17世紀のオランダは共和国なんて進んだシステムを持っていた
ように感じられるけど、政治システムは中世的な社会だったそうです。

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2014年4月22日 (火)

アントワープ

アントワープの発展は、
15世紀末にポルトガルのアジア産香辛料
(なかでも胡椒)の取引と、南ドイツ産の銀銅取引が接合した事、
さらに15世紀中葉以降イギリスの毛織物交易が
この都市に集中的に流入するようになった。
その為、イタリアの絹織物やミョウバン、
ドイツの金属製品やファスチアン織、
スペインの羊毛やオリーブ油の取引も盛んになった。
イギリスの毛織物は未加工な為、アントワープで加工されて
内陸へ運ばれ、内陸ルートの交通も発展した。
(ケルン、フランクフルト、アウクスブルクやニュルンベルクなど)

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2014年3月23日 (日)

経済史

トマス・マン
オランダはイギリスの最大の州の2つほどの
大きさも十分にないような小さな国が、
しかも、自然の富、食料、材木、平和や戦争の為に必要な
その他の軍需品をほとんどもっていないにも関わらず、
それらすべてを並外れて豊富に所有している。その結果、
彼らは自分たち自身の満たすばかりか、
その上他国の君主に対して、
船舶、武器、船の索具、穀物、火薬、弾丸を、またその他の、
彼かが勤勉な貿易活動によって
世界のすべての方面から集めている何やかやを、
供給し販売する事が出来る。このようなことは
世界の人々にとって驚異であるように思える。

 
(重商主義)

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2014年3月21日 (金)

重商主義

ジョサイア・チャイルド(イギリス17世紀)
東インド会社の会長。独裁的に支配していた。
法による利子率の引き下げを求める。
なぜオランダ人は「国内外交易・富・多数の船舶」
において成長出来たのか?を説明しようとした。
一番大事なのは生産であり、製造業であり加工である。
人口を増やすような政策を求め、
賃金を削減するような法律をつくれば、他の国へ流出する。
技術のある人を入れてほしい。

(重商主義)

航海法には賛成。差額貿易には批判的。
貿易赤字なら会社は赤字なの?違うでしょ?という主張。

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2014年3月16日 (日)

経済史

オランダの例を観察しながら、経済的富裕は、
国際貿易の拡大、多数の人口、もっと多数の工場、
分業の増大によってのみ達成されるという主張が
優勢になりつつあった。
そのような貿易・製造業の増大は今度は、
しっかりとした法律を提出して、
良い制度を確立することによってのみ成し遂げられることができる。

(重商主義)

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