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2013年8月19日 (月)

近世中央市場の解体 大坂米市場と諸藩の動向

幕末の大坂の米市場の話
藩は米などを担保にお金を借りていた。その中心が大坂だった。
お金は藩財政の悪化や参勤交代や江戸での生活のために送っていた。
ただ商売を独占出来るような特許はもらえなかったよう。
なぜ?普通は商人と政府の癒着なんてよくありそうだけど
あくまでも金貸しや両替としての存在だった。

1828年に300両を月0、8%で貸付。年率なら10%くらいになっちゃう。高い!
たびたび返済できなかったよう。とくに幕末は海上の防衛費などで大変だったようだ。

結局、藩は大坂との関係よりも、地元の商売特産物に対して力を入れて、
そこでお金を稼ごうとしたので、大坂の米市場は衰退した。
ほかにも、藩が担保としていたお米の質が農民は民間に売る分を良いお米に年貢は質の悪いお米にしたので、
価値が下がったりしていたようだ。
決済システムが進歩してお米を送る必要がなくなったりもした。

というか、決済システムの中でお米の役割は幕末には、
ほとんど必要なくなってたんじゃないかなぁと思った。そもそもお米は生活必需品だし、
人口の多かった江戸時代ではお米をたくさん蓄積出来るほど生産できなかったはず。

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